パチンコ・パチスロ 元パチプロ、業界経歴者が実践している店選び台選び 初心者歓迎

パチプロ時代(セミプロ)の話

パチプロ時代(セミプロ)の話

パチンコを始めた当時は軍資金も乏しかったのでもっぱら羽根物をメインで遊戯をしておりました。当時のホールは4000個(大体の出玉誤差はあります)出た時点で終了台として遊戯を止めさせられその終了台は終了プレートを台のガラスに挟み込みさらに玉の打ち出しレールにはスポンジを嵌めこんで誰にも打たせない様にしておりました。負け込んでいる常連さんにその終了台を開放して打たせたりとか店独自のサービスを行っており、私も通っているホールで終了台を店員さんに交渉して開放してもらったりと今では考えられない時代です

財布を届けた後に衝撃の出会いが

そんなある日、いつものホールでパチンコを遊戯していた所、落ちていた財布をカウンターに届け、持ち主の方からお礼の代わりに攻略ネタを教えてもらい一緒に行動する事となった。

攻略機種の名前は平和ブラボー10で当時のセブン機ではデジタルを止めるストップボタンがありデジタルの出目でストップボタンを押すタイミングで揃わす攻略法で稼いでおりました。ブラボー10撤去後は羽根物のプロと仲良しになり羽根物の優秀台を毎日打つことで安定した収入を得ていました。

パチプロと交流のある後輩の情報を貰っていた

当時の攻略ネタについてはパチンコメーカーのごく少数か裏世界の人しか本当の攻略ネタを入手できなくサラリーマン時代にはパチプロと交流が多い後輩の情報から得てもすぐ店に対策を取られてしまったりと、攻略ネタで儲ける事は少なくなった中、パチスロでユニバーサルのコンチネンタルⅠ(4枚掛け)は有名でしたが完全攻略ではないがコンチネンタルⅢ(現在のARTみたいな)のBIG中に連荘促進法があってそこそこ稼ぐ事が出来ました。

史上最大のギャンブル機が到来

その後アレパチブームが始まり藤商事のアレジンやエキサイトでモーニング機能が付いている情報が多くに知れ渡り朝から多くのパチンコファンが行列を作って賑わっておりました。パチンコで社会問題となった始まりの機種でもありました。

開店前に自力で揃えては仕込みを入れている地元のホールがありそこに朝500円でカニ歩き(朝から回っていない台を打つ)を行い、稼がせていただいておりました。仕込みが入っていれば1回転~4回転位で大当たりが発生し平均4連荘位は当たり前で出玉は8000発程は出ておりました。一番の記録では1回転で連荘が止まらなくなり一撃4万発越えも何回も経験しており500円で4万発が朝にホールに行くだけでとてもおいしい時代が有りました。

アレパチの一撃性は凄いもので3時間でアッという間に4万発以上出る恐ろしく凄いギャンブル機でありました。

大量出玉の羽根物の到来

アレパチブームも終焉を迎えた後、新要件機第一弾として大量出玉の羽根物が出され1回の大当たりで2000個獲得出来、管理人の地域では4000個終了なので一部の店舗ではノーパンク(出玉制限なし)営業をしているホールに遠征して新要件の羽根物を遊戯しておりました。

羽根物で日当12000発が当たり前の時代があった

一番印象に残っている羽根物は三共のロボくんで新台入れ替え初日に8時間で4万発くらい出てまだまだ出るのは分かっていたのですが夕方サラリーマンが押し寄せて自分だけ凄く目立ち過ぎているために18時でやめたことを覚えております。

新要件機の羽根物は客離れが早かった事で撤去が早まり業界で新要件機の羽根物第二弾(ラウンド抽選機能でVが当たると4000個確定)として京楽のたぬ吉君が有名ですが管理人はあまり愛称が悪く、近所のホールで京楽のファイター2で凄く当たりやすい台があり毎回12000万発以上は稼ぐ事が出来、この時期にサラリーンを止める事にしました。

仕事を止めパチプロとして新装開店回りを開始

仕事を止めた途端、その店には行かずそれからはパチプロの交流がある後輩と一緒に新装開店回りしておりました。

当時のセブン機の確率が甘い機種では平和のコスミック132分の1(一般電役)でしかも2200個獲得できる機種があり1000円で30回転以上回せる開店ならではの釘調整が魅力で1日の稼ぎでは1万発以上は鉄板であった。

その後もスペックが甘い機種が店舗で導入されてからも開店回りをしておりましたがやがて業界での激動の変化が訪れる事になりました。

当時の新装開店の情報はどうやって?新台の甘いスペックについての調べ方について

今ではインターネットでP-WORLDを見て全国の新装開店情報を簡単に調べる事が出来ますが、当時はインターネットが無かった時代なのでどのように新装開店情報を得たのか、インターネットが無い代わりに電話情報サービスのダイヤルQ2が主流でほとんど出会い系(ツーショットダイヤル)のQ2サービスが主流の中、パチンコ新装開店情報のサービスもあってダイヤルQ2に電話をして毎週の新装開店情報を得ておりましたがダイヤルQ2の電話料金が高かった事がとても印象に残っております。

情報料込みで1分通話毎に100円の通話料金がかかり全ての新装開店情報を聞き終わる時間は約10分から15分と毎回1000円以上情報料として電話料金を支払っておりました。

パチンコのスペックについては今ではインターネットで調べればすぐにわかりますがネットが無い時代なので本屋さんでパチンコ攻略雑誌を何冊も買っていち早く甘いスペックがどれなのか調べ、ホールに導入されればそのホールを重点的に開店回りをするスタイルとなっていました。

パチプロを止めたきっかけは(衝撃の変化)

それは開店回りで稼いでいたセブン機(確率が悪くても200分の1で2400発が出る)から400分の1を超えるMAX機(現在は400分の1は廃止になっている)がホールの入れ替えメイン機となってしまいました。それがCR機の始まりです。CR機当時の機種として三洋の大工の源さんが有名ですが管理人は打ったことすらないです。セブン機のハマりは確率の5倍ハマる事を知っているので400分の1での確率でハマるとどうなるか2000回転となります。1時間で200回転回せるセブン機で2000回転ハマれば10時間当たりを引けないと云う事になります。2000回転に要する金額としては1000円で40回転回せたとしても5万円かかります。そのMAX機をすべてのホールがメイン機種として入れ替え始めた為、パチプロを完全に止めサラリーマンに転職しました。パチンコを始めてからCR機までの期間は8年間くらいですがいろいろと稼がせていただいた時代です。

なぜ簡単にパチンコで稼ぐことが出来たのか?

情報があれば圧倒的有利な時代だったのです。当時はインターネットも始まっていなかった時代でもありしかも携帯電話も日常で普及していなかった時代だったのが情報有利が全てだったのです。今でもパチンコ、スロットは情報が全てです。普通に打っていては負けてしまいます。いかに有利に戦略を立てる事が重要です